なぜ世界の音楽はシンプルに、日本の音楽は複雑になるのか?文化と感性の違いから見えてきたこと

動画|音楽
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はじめましての方ははじめまして。
当ブログ管理人のDAsanです。

以前、「日本と海外でバズる音楽の違い」という記事で、海外の音楽はシンプルで、日本の音楽は複雑で、音楽の構成としても違いがあるし、サウンド面でも違いがあるということを書きました。

今回は、それをもうちょっと掘り下げて、「なんでそんな違いが生まれているのか?」っていう文化的な背景の部分を自分なりに考えてある程度まとまったので書いておこうと思います。

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日本には「音楽だけを聴く文化」があまりなかった

まず日本の場合、音楽ってもともと単体で楽しむものじゃなかった気がしてます。能や歌舞伎とか、舞や演出があって、そのBGM的に音楽が使われていたり、

そして音楽というよりも言葉遊び的なわらべうたとかの伝承だったり。

本格的に「音楽だけを聴いて楽しむ」って文化が広まったのって、アメリカの音楽文化が入ってきてからじゃないかと。

今でも、アニメの主題歌や映画やドラマ、ゲームなどの映像とセットで音楽が「いい!」と感じて、そういった音楽が有名になっていると思います。

だから音楽そのものよりも、「何のシーンで流れていたか」とセットで記憶されることが多いように思っています。

アメリカは多民族社会だから「共有できる音楽」が好まれる

一方でアメリカは、ヨーロッパの貴族文化(室内楽・オーケストラ)に、アフリカのリズム文化(ビート・ダンス)など、いろんな音楽的背景が混ざって育ってきた国。

そうなると、「みんなが理解できる」「一緒に楽しめる」ってことが音楽でも重視されて、結果的にシンプルな構成・キャッチーなビート・わかりやすい歌詞が主流になっています。

日本でもストリートミュージシャンがいたら、日本人は静かに耳を傾けているけど、海外の人は一緒に踊ってくれれる。

音楽はじっくり聴くというより、心地よいビートがメインで、感じる・ノるためのものって感じだと思います。

「自由の国」アメリカで、音楽は逆にフォーマット重視?

BLACKPINKのロゼとブルーノ・マーズのコラボ。で世界的にバズっているPVです。

アメリカの価値観って個人の自由が優先されるいて、音楽では逆に「ジャンルらしさ」や「共有しやすさ」に収まっている部分がある気がしてます。

ジャズはジャズのフォーマット、ブルースはブルースのフォーマット、ヒップホップはヒップホップのフォーマットの中で作られている。

自己表現はもちろんあるけど、「ジャンルの枠内で個性を出す」という方向にまとまってて、あまり極端な展開を入れたりはしなように思います。

個人の自由が優先されるから、それを音楽のジャンルにまで持ち込む必要がなく、すでにあるフォーマットの中で音楽を共有できるように作っているように感じます。

日本の音楽家は「調和から外れる覚悟の人」が多い

これはちょっとまえの曲ですが、YOASOBIさんのアイドルですが、当時かなりバズった曲ですね。

日本はそもそも社会が「調和」や「空気を読むこと」を大事にする文化があります。

これは音楽活動をしていた自分としてもかなり強く感じているのですが、

そんな中で音楽家を目指す人って、「ちょっと変わってる」とかって思われるような人だったり、みんなと同じが嫌だという感性を持っている人が、周りで活動していた人を見ても多いように感じました。

だから、好きなジャンルはありつつも、できるだけ「自分なりの形で表現したい」って気持ちが強くなって、結果的にジャンルのフォーマットにとらわれない、構成が複雑になったり、転調が多かったり、拍子が変わったりするような、自分からしか出てこない音楽をどうしても作りたくなるんだと思います。

AIの登場で音楽が「定型化」する中、日本は逆に差別化へ

今の世界の音楽って、AIが登場してどんどん定型化されてきてます。

Sunoに代表されるようなAI作曲でなくても、作曲家が使うようなプラグインソフトでも、かなり以前からAIの導入が進んでいて、リズムパターンやコード進行、簡単な繰り返しフレーズを生成するものがたくさんあります。

そういったものを活用して世界的にはイントロ短め、コード進行はシンプル、歌詞も繰り返しで印象的なフレーズ。ある意味、「効率のいい音楽」が増えているように思います。

でも日本はそこに逆行していて、「既存と同じじゃ意味がない」という意識が強くて、多くの作曲家がそういったAI生成されたものを活用はしつつも、それをさらに加工してオリジナルと同じような活用法で使ってくだけで、世界的な音楽の簡素化と同じ流れにはなっていかないように思っています。

文化が違えば音楽の「心地よさ」も違う

というわけで、「世界がシンプルな音楽になっていってるのに、なぜ日本は複雑になっているのか?」という話を、自分なりに考えて、まとめてみました。

どっちがいいとかではなくて、国によって「音楽に求めてるもの」が違うってだけで、それを聞く人も、つくる人も意識しているから違ったものになっているというのがおもしろいなぁと感じました。

それではまた次の記事でお会いしましょう。

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